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広島高等裁判所 昭和41年(ネ)118号 判決 1968年3月12日

控訴人

中野義彦

上岡守

右両名訴訟代理人

椎木緑司

控訴人

株式会社宮脇

右訴訟代理人

伊藤仁

被控訴人

石川敦美

右訴訟代理人

楷原隆一

主文

一、原判決中控訴人株式会社宮脇に関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人株式会社宮脇に対する請求を棄却する。

被控訴人と控訴人株式会社宮脇との間で生じた訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、原判決中控訴人中野義彦同上岡守に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人中野義彦、同上岡守は、各自、被控訴人に対し、金八二万八八二四円およびうち金五〇万円に対する昭和三六年一二月七日より、うち金三二万八八二四円に対する昭和三九年一二月七日より、各金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

被控訴人と控訴人中野義彦、同上岡守との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人、その余を控訴人中野義彦、同上岡守の連帯負担とする。

被控訴人において、控訴人中野義彦、同上岡守各自に対し、金二〇万円の担保を供するときは、当該控訴人に対し被控訴人勝訴部分に限り仮りに執行をすることができる。

事   実<省略>

理由

控訴人上岡は昭和三六年一二月六日午前一〇時頃、雇主である控訴人中野所有の小型四輪貨物自動車を運転し、控訴人株式会社宮脇(以下単に控訴人宮脇という。)の広島市内鷹野橋支店に商品を配達し、右商品納入後、控訴人宮脇の店員である原審被告富田征四郎と共に右自動車に乗車し、富田に運転させ、右鷹野橋支店から鷹野橋本通りを明治橋方面に向け進行中、運転を誤り、道路北側土井煙草店前にいた被控訴人に右自動車を衝突負傷させ、また、同店前においてあつた被控訴人所有のスクターターをはねてこれに損傷を与えたことは、当事者間に争いがない。

右争いなき事実に<証拠>を総合すると、本件事故の経緯につき、次の事実が認められる。

控訴人中野は中野商店なる商号が佃煮、漬物、味噌などの製造および卸売商をしているものであり、控訴人上岡はその被用者であつて、自動車を運転して、得意先に対し、右の商品を配達する業務に従事していたものである。控訴人宮脇の鷹野橋支店は広島市大手町八丁目にあり、いわゆるセルフサービス方式によるスーパーマーケットであつて、従業員は支店責任者たる土橋明を始めとして、男四人、女一四人位であつた。前記富田は当時一九才であり、右支店店員の一人として、納入される商品の検品や、これを陳列棚へ並べる仕事などに従事していたものであり、自動車を運転することはその業務内容でなく、これまで、業務のため自動車を運転したということは全くなかつた。

控訴人上岡は、前記のとおり、昭和三六年一二月六日午前九時五〇分頃、控訴人中野所有にかかる前記自動車(広四す七〇八六号ダツトサン六〇年型)に配達商品を積んで、控訴人宮脇の鷹野橋支店に至り、同店店舗南側を東西に走る鷹野橋本通りの、右店舗前、但し道路反対側に西向けに駐車し、納入すべき味噌を店内に持込んだ。富田は勤務中、ふと、控訴人上岡の運転する前記自動車が駐車してあるのを認め、原動機付自転車に乗つた経験はあるが、小型四輪自動車については免許も運転の経験もないにかかわらず、たわむれにエンジンを始動させるなどしてみたいという気になり、職場における上司や同僚の許可を得ることなく、勝手に職場を離脱したうえ、かねてからの知合であるから、控訴人上岡が怒ることもあるまいと考え、無断で右自動車運転席に坐つてエンジンをかけ始めた。そこへ、味噌の納入を済ませた控訴人上岡が帰つてきて、助手席に坐り、富田が運転に無経験であることを察知しながら、同人に対し、「乗ることができるのか。」「クラッチを踏んでみよ。」といい、富田が指示に従つてクラッチを踏むと、チエンジレバーをセカンドに入れてやつた。富田はクラッチを放しながらアクセルを踏んで、自動車をそのまま、鷹野橋本通りを西に向けて発車させた。附近の三叉路附近まで約四〇米進み、時速も三〇粁位になつたので、富田はこれを止めようとしたが、その操作が判然とせず、そこで控訴人上岡が「ブレーキを踏め。」と指示した。しかし、富田はあわてた結果、誤つてアクセルを踏んだため、自動車は更に速度を増して暴走するところとなり、道路上向つて右側においてあつた訴外藤田悟所有の軽三輪自動車に衝突し、通行中の訴外原真江子に衝突し、ついで、次の交叉点附近にある土井煙草店で、被控訴人が店頭にスクーターを立てかけて煙草を買つていたが、右スクーターと被控訴人に衝突し、右煙草店の一部に衝突してこれを破損し、最後に同所附近にあつた外灯柱に衝突してやうやく停車した。富田が誤つてアクセルを踏み、自動車が暴走し始めた頃より、控訴人上岡も恐ろしくなつて、頭に手をやつてうつむいたままであつた。右自動車が被控訴人およびスクーターに衝突した地点は、前記鷹野橋支店の西方六〇米位のところである。その結果、被控訴人は全治に六五日以上を要する左誹骨脛骨開放性骨折、左足挫創剥皮創、左足十字靱帯挫創の傷害を受け、且つ、その所有するスクーターを破損せられた。

<証拠判断省略>

右認定事実によると、富田は無免許無経験であるのに、敢て無謀の運転をなし、暴走の結果、店先で買物をしていた被控訴人およびそのスクーターに衝突したものであり、控訴人上岡は、富田が運転に無経験であることを察知しながら、助手席に乗つて指示運転させたものであつて、本件事故は、同人らの過失による共同不法行為であることが明らかである。控訴人上岡は、これによつて生じた被控訴人の損害を賠償しなくてはならない。

富田によつてなされた本件加害行為につき、控訴人宮脇の使用者責任の成否を案ずるに、当裁判所はこれを否定すべきものと考える。民法第七一五条の使用者責任が成立するには、被用者が使用者の事業の執行につき加害行為をなしたことを要する。もつとも、「事業の執行につき」なされたかどうかは、使用者や被用者の主観的事情でなく、当該行為が、客観的外形的に、事業執行の範囲内とみられるかどうかによつて定まる。当該事業あるいは当該被用者の義務と何らかの関連を持ち、右事業および職務の性質上、当該加害行為の発生が一般的に予想され得るものであり、使用者の支配権の及び得る範囲内にあると考えられる場合は、右の加害行為は客観的に使用者の事業執行の範囲内にあるということができる。しかしながら、そうでない場合、即ち、使用者の事業や被用者の職務との関連がなく、これらの性質からいつても、当該行為は一般に予想されない異常のものである場合は、客観的にも、事業執行の範囲内ということができない。本件の場合について考えるに、(イ)平素より、被用者富田の職務と自動車の運転とは何らの関連性がなく、(ロ)富田が本件自動車の運転をなすに至つた動機、事情は控訴人宮脇の事業の執行と何らの関連性がなく、(ハ)加害に使用された道具である自動車は、他人のものであつて控訴人宮脇のものでなく、(ニ)加害現場は一般人の通行する道路上であつて、控訴人宮脇の店舗内ではなく、なお、(ホ)そもそも、控訴人宮脇の事業は、乗客の来店を待つて取引をするものであり、自動車運行との関速性が殊の少い業種である。右の如く、本件加害行為は、控訴人宮脇の事業および富田の義務との関連性のない、偶々発生した異常な現象であつて、到底控訴人宮脇の支配権のおよび得る行為とはいえない。即ち、本件加害行為は、控訴人宮脇の事業の執行につきなされたものといえない。もつとも、加害行為は富田の勤務時間中に発生したものであり、その行為は、控訴人宮脇の店舗の前において着手されたともいえるし、又衝突現場はそれより近々六〇米の距離に止まるし、使用された自動車も控訴人宮脇の取引先の所有であり、且つ商品納入のため右店舗に来たという事情にはあるけれども、これらをもつて、前記の判断を覆すことはできない。

よつて、被控訴人の控訴人宮脇に対する本件損害賠償の請求は、その余の点についての判断をなすまでもなく、既に失当として棄却を免かれず、これに反する原判決は取消さるべきである。

控訴人上岡は、使用者たる控訴人中野の業務として、控訴人中野所有の自動車を運転して得意先に商品を納入し、その帰途、右得意先の店員と同乗し、本件事故を起したものであるから、控訴人中野は本件事故当時右自動車の運行を支配し、且つ運行利益を得ていたものというべく、即ち、控訴人中野は自動車損害賠償保障法第三条本文にいう運行供用者にあたるということができる。また、前段説示の点からいつても、右加害行為は控訴人中野の事業の執行につきなされたということもできる。控訴人中野は、自動車損害賠償保障法第三条但書の免責事由を主張するが、前記の如く、運転者たる控訴人上岡に過失の存することが認定されたのであるから、既にその理由はなく、また、民法第七一五条第一項但書の免責事由を主張するけれども、本訴に顕れた全証拠によつても、これを肯認することができない。以上の次第で、控訴人中野は民法第七一五条および自動車損害賠償保障法第三条により、控訴人上岡が惹起した本件加害行為につき損害賠償をしなくてはならない。

そこで損害額について審案する。

(1)  入院治療費など計七万四九九〇円

(イ)  治療費 二万七九四〇円

<証拠>によると、昭和三六年一二月六日より昭和三七年二月八日まで六五日間の入院治療費として、被控訴人請求にかかる前記の金額が、広島市大手町一丁目土谷病院に支払われたことが肯認でき、これに反する証拠はない。

(ロ)  付添婦代 三万六四〇〇円

<証拠>によると、被控訴人が右土谷病院に入院している六五日間は、付添婦を必要とする事情にあつたこと、しかし、付添婦として他人を雇つたのでなく、被控訴人の妻をしてこれに当らしたこと、そして、これには格別日当を与えたものでないこと、被控訴人の妻は当時親戚に当る所に手伝いに行き、若干の収入を得ていたが、右付添のため手伝いを中止したこと、当時同病院で付添婦を雇えば日当五六〇円程度は要したことが認められ、これに反する証拠はない。被控訴人の請求は、その妻が付添をなすに要した諸費用および得べかりし利益の喪失を請求しているものと理解でき、右事実によると、その額は一日五六〇円程度であると認められるので、これが六五日分、要するに被控訴人請求にかかる頭書の金額を容認することができる。

(ハ)  主治医、看護婦に対する謝礼 五〇〇〇円

<証拠>によると、被控訴人は土谷病院において主治医に対し三〇〇〇円、看護婦に対し二〇〇〇円の謝礼を拠出したことが認められ、これに反する証拠はない。六五日間も入院すると、主治医、看護婦に対し、右金額程度の謝礼をすることは一般に行われ、格別不合理なものとも考えられないので、被控訴人請求にかかる頭書の金額を容認することができる。

(ニ)  その他の雑費 五六五〇円

<証拠>によると、被控訴人は歩行に松葉杖を必要とするに至つた結果、一一五〇円でこれを購入し、その他、入院中、サロンパス、石けん、さらし布など日用品その他を購入し、あるいは消費したプロパンガス代、電気代を払つた結果、合計五六五〇円を費消したことが認められ、これに反する証拠はない。本件受傷により特に費消するに至つたものであるから、損害額として容認することができる。

(2)  得べかりし利益の喪失 三四万〇二五四円

(イ)  広島県立廿日市高等学校定通手当 六〇四八円

(ロ)  広島工業短期大学附属工業高等学校講師手当 一七万八九五六円

(ハ)  山陽女子高等学校講師手当 一五万五二五〇円

<証拠>によると、被控訴人は当時右(イ)の高等学校定時制担任の教論として、午後二時半頃から同九時まで同校に勤務するとともに、地方公務員法第三八条の許可を受けたうえ、その余の時間において毎日交互に、(ロ)(ハ)の私立高等学校に講師として勤務していたものであること、本件受傷により、(イ)の高等学校に約二ケ月間勤務することができなかつたが、その結果、右高等学校から与えられていた定通手当二ケ月分六〇四八円の支給が停止せられたこと(その余の給与は引続き受領した)、なお、定通手当とは、定時制などを担任する教師に与えられる特別手当であつて、交通費に対する実費支弁のように、実際に勤務しなければ、出費を免かれて請求をなし得ない種類のものではないこと、(ロ)(ハ)の高等学校からは時間制の給与が与えられ、当時、(ロ)の高等学校から一ケ月四九七一円、(ハ)の高等学校から一ケ月六七五〇円程度を得ていたこと、そして、本件受傷により右両高等学校の勤務を中止したが、右事故がなかつたなら、その後引続き、即ち、(ロ)の高等学校については、事故発生より、昭和三九年一二月六日まで三六ケ月、(ハ)の高等学校については、事故発生より、被控訴人が復職した昭和三八年一一月六日まで二三ケ月、それぞれ勤務できたことが認められ、これに反する証拠はない。そこで、(イ)の高等学校については六〇四八円、(ロ)の高等学校については、右三六ケ月分の給与計一七万八九五六円、(ハ)の高等学校については、右二三ケ月分の給与計一五万五二五〇円が、それぞれ得べかりし利益の喪失であるということができる。

被控訴人はその外に、家庭教師として一ケ月二万円を得ているとして、計五四万円の請求をするところであり、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、前記地方公務員法の許可はないけれども、日曜日、自宅において私塾を開いていたということである。しかしながら、前記の如く、被控訴人は午後より夜間にかけ公務員としてその本務たる(イ)の高等学校に勤務し、昼間は毎日交互に(ロ)(ハ)の高等学校に勤務していたものであり、高等学校教師、殊にその本務たる定時制担任の教師としての職責を十二分に果たすためには、他校への勤務の外、なお自宅において私塾を開く余裕があるとは到底考えられないところであり、また、私塾の経営は本来不安定なものであり、原審における被控訴人本人尋問の結果によつては、主張の期間主張の収入を挙げ得たとの心証を惹起し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない(あるいは、これにより若干の収入があつたとしても、その得べかりし利益の喪失は、後記の慰藉料請求によつて補填せられる。)。

なお、以上容認できる程度の得べかりし利益の喪失は、通常生ずる損害ということができ、これに反する控訴人中野などの主張は採用できない。

(3)  スクーター修理代一万三五八〇円<証拠>によると、被控訴人所有のスクーターは、本件事故により右金額の修理代を要したことが認められる。<証拠>によると、右スクーターは交叉点の近くにたてかけてあつたことが認められるけれども、本件事故は、スクーターが交叉点の近くにあつたために発生したとか、あるいはそのために損害が増大したという関係にはないのであるから、過失相殺の要はないということができる。

(4)  慰藉料五〇万円

<証拠>によると、被控訴人は早稲田大学を卒業して前記の如き仕事に従事し、その収入によつてその母ナツヨ、その妻みつの、その子敦子、祐子、智秀(いずれも原審原告)の生活をみていたものであり、前記の如く、加害者の一方的過失により、重傷を受けたものであつて、被害後、肉体的苦痛、不治の身体障害者になることへの不安、将来の生活不安に襲われて苦しんだこと、しかも、現在なお、受傷による身体障害が日常生活に影響を与えていることが認められ、その慰藉料は、被控訴人請求にかかる五〇万円をもつて相当とする。

被控訴人は本件事故につき、自動車損害賠償責任保険による保険金一〇万円を受領したことを自認しながら、右一〇万円は治療費から控除して請求しているとか、あるいは、他にも要した治療費があるので相殺すると主張する。しかし、その具体的な費目について主張も立証もしないところであつて、これを認めることができず、そこで、被控訴人の受けた損害は、一〇万円が補填されているものというべく、これを控除することとする。

そこで、被控訴人の控訴人中野、同上岡に対する請求中、右(1)ないし(4)の合計金九二万八八二四円より右一〇万円を差引いた八二万八八二四円およびうち慰藉料五〇万円に対する事故発生の後である昭和三六年一二月七日より、その余の三二万八八二四円に対する現実に損害が発生した後である昭和三九年一二月七日より各支払いに至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は容認できるが、その余の部分については容認できないというべく、これと異なる原判決は変更を免かれない。

よつて民訴法第九六条第八九条第九二条第九三条第一九六条に従い、主文のとおり判決する。(柚木淳 浜田治 竹村寿)

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